「姫さま。出来上がりました」

体を揺さぶられてハット目を開けると、鏡ごしに睨む侍女頭と目が合った。

無表情に、少し苛立ちの色が浮かんでいる。

(あれ、わたし、なんかやらかしちゃった?)

侍女頭を怒らせてはダメだと、本能で悟っていたのに。

「お疲れなのは承知しておりますが、くれぐれも晩餐の折に寝てしまわないよう、お気を付けくださいませ」

「はあ」

どうやら少しの間うつらうつらしてしまったようだ。

髪を触ってもらうと、何故か眠たくなってしまう。

疲れていたというよりも、張り詰めていたものが、少し緩んだのかもしれない。

「さあ、出来上がりましたわ」

侍女はとても満足げに言った。そして促されるままに、全身が映る姿見の前に立たされた。

「まあ、見えないことはないですわね。そのドレスも、姫さまの雰囲気に良く合っておいでです」

(お〜。侍女頭さんに褒められちゃった?)

非常にレアなことのような気がして、悠里は嬉しくて顔を綻ばせた。

「へらへらと笑ってはなりません。締まりのないお顔が、いっそう締まらなくなってしまいますよ。晩餐では、口元に微笑みを湛える程度にされて、どうぞ大口を開けて笑うことのないように」

見抜かれている。

侍女頭は、悠里が姫さまなどという呼び名には相応しくない人間なのだと、しっかり見抜いている。

悠里は戦慄した。

(いやあ。あの人、怖い〜)

彼女の前では、どんなに猫を被っても無駄なのだと。

彼女は暗にそれを知らせたかったのか。

悠里の浮かれていた気持ちが急速にしぼんで行った。

そうして悠里が姿見の前で、がっくりと項垂れていた時、扉が上品にノックされた。

侍女の一人が扉を開けると、アシュラムが立っていた。

「仕度が整ったと連絡を受けたので、お迎えに上がりました。姫」

何気無く彼の方を向いた途端、悠里は固まってしまった。

彼は、先ほどまでの長いローブから、まるで御伽噺の王子さまがするような格好に変わっていたのだ。

それがまた、とんでもなく似合っている。

涎を垂らさんばかりに見惚れている悠里の側に、すっと侍女頭が近付いた。

「それ。そのお顔です。姫さま」

はっと我に返ると、悠里は顔をぺしぺしと叩いた。

「では、行ってらっしゃいませ。あちらの用意もすでに出来ておりますので、ご安心くださいませ」

最後の言葉は、アシュラムにだけ掛けられたものだ。

アシュラムは小さく頷くと、悠里に手を差し出した。

「では、参りましょう。姫」

にっこりと微笑まれ、悠里は心臓が止まりそうなくらいの衝撃を受けた。

(夢から覚めるまで、アシュラムさんにドキドキさせられっぱなしなのかなあ)

今こそ、鍬が欲しい……。

土を耕したい。

せっかくのプリンセスコスであるというのに、悠里の心は家庭菜園を求めていた。