「な、なんでだ?

急に………どうしてそんなこと言い出したんだ?


今までずっと、ここで楽しく暮らしてきたじゃないか………。



そりゃ、親にきついこと言われて、ちょっとくらい嫌な思いをしたこともあったかもしれないけど…………」





ヘレンは目を閉じ、静かに首を振った。





「ちがうの。


楽しくなんかなかった………。


あたしは、ずぅっと我慢してたわ………。



毎日のように暗いとか間抜けだとか、ひどいこと言われて………。


でも、全部あたしが悪いんだから、仕方ないんだって、思ってた………」






ヘレンはそう言いながら、明るい陽光の中に透き通るセカイの幻想的な姿を思い浮かべていた。





「ヘレン………」



「兄さん……あたし、セカイといたいの。


セカイといれば、変われる気がする。


あたしのこの灰色の人生が、変わる気がするのーーー」






ヘレンは夢見るようなうっとりとした表情で、いつものように言葉を滞らせることもなく語った。






(ーーーヘレン………どうして………)





パトロの胸の奥が、きりきりと痛んだ。





(そんなに、この家が、嫌なのか?


今までの幸せは、なんだったんだ……?)





パトロは悲しみに沈んだ瞳で、希望に満ちたヘレンの瞳を見つめていた。