───リノ・フェンティスタ。
 リノ族の末裔たちが住まう理想郷。


 この世界で一番の平和を誇る風の国、シュサイラスア大国は穏やかな気候で治安が良く、観光客で賑わいを見せている。更に他国からの移民が最も多い国だ。
 大陸に位置する為、領土が広いということも理由のひとつだが、数年前に この世界(リノ・フェンティスタ)で起こった内乱の際に中立を貫いた事だろう。
 一番の功績は混乱の収まらない中避難して来た他国の民を多く受け入れた事が大きい。
 加えてシュサイラスアの国王ライオネルは内乱以来の六年間、国内の復興に力を注いできた。その甲斐あって街中に溢れていた火事場泥棒や粗暴者も格段に減少した。
 そして破壊されてしまった列車(トラン)の路線改修工事を逸早く行った事により、他国からの移民はますます増えたのだ。


 そんな国の首都、風樹(ふうじゅ)の都で特に賑わいを見せる、人気の酒場(バル)

  BAR Fruto del amor(バル・愛の果実)

 その店のマスターを務める ユージーン・ヴァンブルに避難民として拾われ、彼の息子 セィシェルと兄妹の様に暮らす少女がいる。

 今回はその少女 スズランの物語を少しだけ覗いてみる事にしよう。


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 スズランというその少女は、この年で齢 十一になる。彼女は他国からやって来た避難民の中でも、一際目立つ容姿の持ち主だ。

 避難民の多くはリノ・フェンティスタの中央に浮かぶ小島に国を置く『煌都パルフェ』の対岸である大陸国『アザロア国家』や、壊滅的な被害を受けた『オゥ鉱脈都市』の民が殆どだが、スズランの容姿の特徴はそのどちらの地方のものでもない。
 ほの薄い 千草色(ちぐさいろ)の髪に、抜けるような白い肌。何よりも一番の特徴は瞳の色。陽の光が虹彩に挿し入ると淡く虹色に煌めき、その瞳を見た者は誰もが魅入ってしまうであろう。
 内乱時はまだ幼かったスズランだが、十歳になる頃から急に大人びた少女に成長しユージーンやセィシェルを驚かせたのだった。


「───ねえ、なんで? なんでもう一緒に寝てくれないの!?」

 鈴を転がしたような可憐な声が、青空の下にこだまする。

「ねえ! セィシェルってば!!」

「うるせぇな、さっさとその洗濯物干しちまおうぜ」

 スズランは洗濯物の入った籠を重たそうに持ち上げ、木箱を逆さに置いて作ってある低い台の上に置いた。