午後は、教室でやっぱり新野君と机を並べて勉強していた。
こうして、彼と机を並べることは、もうない。

まだ卒業までは2週間くらいあるから、私は毎日学校に来ようと思うけれど。

ひとり、またひとりと帰って行って、新野君と私だけが教室に残ったときだった。


「この問題、解けないんだけど。」


新野君が数学の参考書を見つめながら、私に尋ねてきた。


「あ、っと。ここなら教科書に類題があったような気がするよ。」


カバンから教科書を取り出して、ペラペラとめくる。

見付けた。

問題の横には、天野先生のメモがある。
私もここで、躓いたみたいだ。



「どれ?」


「あ、……これ。」



ためらいながらもそのページを開いて見せた。



「あ、俺もここ分かんなくて先生に訊きに行ったんだった。サンキュ、唯。」



言われて、教科書を閉じて。

ふと隣に視線を移すと、新野君は自分の教科書を開くところだった。





同じページを開いた瞬間に、新野君の表情が変わったのが、はっきりと分かった。





「……ああっ、」





ため息のような息遣いが聞こえて、私は心配になる。





「こうちゃん、どうしたの?分からないなら私が、」


「唯、やっぱり、」




苦しそうな声を絞り出す新野君。
私は、驚いて目を見開いた。




「本当だったんだな、……噂。」



驚いて立ち上がった拍子に、椅子が倒れてガタン、という音が響いた。




「お前、天野先生と、」


「やめてっ!!!」




耳を塞いでうずくまる。
涙がこぼれて止まらなかった。

噂なんて気にしない。
でも、本当のことは知られたくなかったんだ。

先生と過ごした日々が、穢れたものになってしまう気がして。

先生との日々は、何の穢れもない、透き通ったものだったのに。

教師と生徒、というひとくくりの関係の中に押し込められるだけで、私と先生は、罪人になってしまう―――





「俺、敵わないんだな。」




だから、急に新野君が発した言葉は、私にとって予想外だった。




「分かってた。唯は……、いつも遠い目をして、誰かのこと想ってるってこと。」


「に……いの、くん。」


「ごめんな。最後だから、今までずっと言いたかったこと伝えたくて、近付いたんだ。」


「え?」


「好きだった、唯のことが。本気で。」




過去形で伝えられた愛の言葉に、私は何も答えられなかった。

新野君が言っていることは、全部正しかったから。

いつだって、私の心の中には先生しかいなかった。

それは、本当のこと。




「もう、卒業式まで会わないかもしれない。……じゃあな。」




教室を出て行く、新野君の背中。

肩を落として、とぼとぼと歩くその背中。


どうして、どうして。


私はなぜ、いつも背中ばかり見ていなければならないの?


なぜ、私の大切な人は、みんな去って行ってしまうの?



涙をはらはらとこぼしながら、私は新野君を見送っていた。

追うことはしない。

そんなことしても、お互いにとって悲しいだけだから。



さようなら、



この先、何回この言葉を口にするのだろう。

何回、この悲しみに耐えなければならないのだろう―――