久しぶりの教室は、図書室よりずっと温かい。
みんなが吐き出す息が、この教室を温めているんだ。

これまでずっと、ひとりで生きてきた。
それは、諦めの気持ちがあったから。

お父さんがいなくなってから、私は人に愛されるということを忘れてしまった。
私を愛してくれるたった一人の人が、いなくなってしまったから。


だけど、だけど先生。
あなたと図書室で話した時、久しぶりに心があったかくなったんだ。
幸せだと、思ったんだよ―――


ガラッとドアが開いて、入ってきた人によって私の頭は真っ白になった。

もう会えないかもしれないと思った人。
毎日てるてる坊主を逆さまに吊るして、会いたいと願った人。


「今日もプリントを解いてください。授業の中盤になったら、解説をしますから。」


始まりの挨拶もなしに、語りかけるように一言。
そして、遠慮がちにプリントを配りはじめるその人。

不思議な雰囲気に思わず呑みこまれてしまったその人が、今目の前にいる。


「質問があったら遠慮なく。」


それだけ言って黙り込む。


私はなぜか、シャーペンを握りしめて呆然としていた。
握りしめた手は、小刻みに震えていて。
こんなに強い感情が、自分の中にあるなんて思わなかった。

ずっとずっと、押し殺してきた感情が一気に溢れ出すように。

名付け難い感情が、私を支配していた。
言うなれば、感動、だろうか。
嬉しさと、悲しさと、切なさと、様々な感情が一気に溢れ出して。

だから、先生が隣に来ていたなんて、気付かなかった。


「笹森さん。」


その優しい声に呼ばれて、思わず涙まで込み上げてきた。


「はい。」


「またここで会えて、嬉しいですよ。……おかえりなさい。」


先生の表情を見たいのに、涙で霞んで見えない。
我ながら変だって思う。
同じ学校の中にいるのに、こんな偶然をずっと待っていたなんて。
それに、こんなふうに泣いたりするなんて。


「どうしたの。」


なだめるように言われて、温かい気持ちが溢れてくる。
私は慌てて首を振った。


「今、演習の授業なのですよ。笹森さんは演習にはまだ早いね。」


確かに、初めて問題を見下ろしてみると分からないものばかり。
私が自暴自棄になっていた間に、随分授業が進んでしまったらしい。


「放課後、補習ですね。」


「補習、ですか。」


「補習、です。」


そう言って先生は、小さく笑った。
嬉しそうにも、悲しそうにも見える微笑みだった。


「数学科準備室で待っていますね。」


「はい。」


そう言うと先生は去って行った。

私はただ、呆然とすることしかできない。


先生は図書館で一回会っただけの人で、でもその人は私の数学の先生で。

でもなぜか、ずっと前から知っていたような気がして。


でもとにかく、先生と会える放課後を何よりも楽しみに思う自分がいた。