次の日は、久しぶりに早起きした。

制服に着替えると、上からコートを羽織る。

マスクもすれば、ほら、もう私だとすぐ分かる人はそういないだろう。


まだ暗い朝の空を見上げながら、私はバスに乗って、ある街を目指した。



「寒いなあ……。」



思わず落ちた独り言。

でも、確かめたいことを確かめるまで、私は絶対―――



見たことのある風景に気付いて、降車ボタンを押す。
バスを降りると、あとはもう、微かな記憶しか頼りにならないけど。


しばらく歩くと、そこにやっぱりあった。
初めて一人でたどり着けたんだ。
秘密の場所。

そう。

天野先生の家に。


見付からないように、細い路地に隠れる。
そして、じっと息をひそめる。

悪いことをしているのは、分かっている。

だけど、こうまでしないとどうしても、信じられなかった。

先生が、病気だなんて、信じられなかったから。




どれくらい経っただろう。




マンションから降りてくる人影があった。

それが先生だと気付くのに、時間はかからなかった。


私は、一層息をひそめて、しゃがみこむ。
でも、先生を見失わないように、じっと見つめて。


先生は、車には乗らずに、歩き出した。


やっぱり、と思う。


このすぐ近くに、大きな大学病院がある。
紹介状なしでは行けないような、大きな病院が。

先生がもしもそこに向かうなら、噂は本当だということになる。



先生の小さくなる背中を、私は慌てて追いかけた。

絶対に気付かれることのないように、慎重に。



先生の足取りは、病人のものとは思えなかった。

だけど、ずっと見ていたら、一度だけ背中を揺らして、小さな咳をした。



先生の病気って、一体何なのだろう。



その背中が、大学病院の敷地内に消えていったとき、私は泣きそうな顔で立ち止まった。

衝撃を受けていたんだ―――


私がやっと手に入れたと思った、安らかな場所。

初めて愛したいと、愛されたいと思った人。

その人は、いつか私の前から姿を消してしまうということに。