鳥の囀りが聞こえたような気がして、ふと目が覚めた。

ううん、気のせいじゃない。

やっぱり、鳥の声が聞こえる。


――こんなふうに、鳥の囀りに耳を傾けたことがあったっけ。


私はいつでも、暗闇の中にいたのに。
朝の光を浴びながら、こんなに気持ちよく目覚めるなんて。


そして、ふと気付いた。


私、夢を見なかった。
あの悪夢を、見なかったんだ――


布団をはねのけて、勢いよく起き上がると、いきなり目の前に広がった光景に私は唖然とする。


「ここ、どこ?」


寝ぼけた頭の引き出しから、昨日大事に仕舞った記憶を見つけ出す。
ああ、あった。
これは、長い夢なんかじゃなくて、現実だったんだ。


「……先生。」


ベッドを出て、急いでリビングに向かう。
でも、そのソファーの上には誰もいなかった。


「天野、先生?」


時計に目をやると、8:30を過ぎていた。
もう朝のホームルームが始まっている時間だ。

先生が、ここにいるはずはなかった。


「起こしてくれればいいのに。」


独り言を言いながら、ふとテーブルの上に目を遣る。

すると、そこにはラップのかかった朝食と、メモが置いてあった。





おはようございます。
よく眠れたみたいですね。


朝起きたら、まずは熱を測りましょう。
そして、ごはんをチンして食べます。
お昼ごはんは、冷凍してあるおかずを温め直して食べてください。


くれぐれも、勝手に出歩いてはいけません。
誰かが来ても、出てはいけません。


なるべく早く帰るようにします。
しっかり休んでください。


天野




「留守番する子どもみたい。」


そう口をとがらせながらも、緩んでくる頬を止めることができない。
いかにも先生らしいメモだと思った。

先生は、いつでも先生なんだな。
先生をしている天野先生を、私は好きなんだな。


「たまー。」


まだ眠そうなたまは、呼ばれて不機嫌な顔をする。


「さびしいよ、たま。」


「……ニャー」



良かったね、とでも言いたげに私を一瞥して、また目を閉じるたま。
先生のことなら、何でも知っているたまが羨ましい。
先生に、「家族」と認めてもらえるたまが。


体温計が鳴って、見ると37.4℃だった。

随分頭がすっきりしたけれど、まだ微熱が下がりきらない。



昨日、先生が寝たソファーに仰向けになる。
先生の香りに包まれて、すごく落ち着く。



でも――



胸をよぎった黒い影が、私の心を針のように鋭くつつく。



「お母さん、どうしてるかな――」



考えまいとすればするほど、心に絡みついて離れない。

母の涙が、私に向ける憎悪の表情が――



ぐるぐると考え込んでいたら頭痛がぶり返してきて、私は大人しく布団に入った。
ここにいる限りは、先生に守られているんだ。

温かい毛布は、先生のにおいがする。

先生の腕の中にいるみたいだ。

そっと目を閉じると、私は再び眠りの世界に引き込まれていった。