保健室には誰もいなかった。
もう、保健の先生は帰ってしまったのだろう。

私を長椅子に座らせた後、先生は困ったような顔をしていた。


「ちょっと待ってくださいね。冷たくて、気持ち悪いと思いますが。」


ストーブを点けた後、先生は戸棚のまわりを探している。

そして、持ってきたのは真っ白なバスタオルだった。


ファサ、と頭に被せられて、わしわしと髪を拭かれる。
心地よさに任せて、私は目を閉じていた。


「ドライヤーはさすがにないので、これで我慢してください。」


ボサボサになった髪を、ポケットに入っていた櫛で直そうとする。
でも、手が震えて上手くいかなかった。
それを見ていた先生が、無言で櫛を取って、髪を梳いてくれる。

今日の先生は、どこまでも優しい。


「これ、ジャージがあったのですが、着替えられますか?ベッドのカーテンを引くので。」


そう言って、先生にジャージを渡される。
嫌な思い出のある長袖のジャージだった。


着替えて、ベッドに仰向けになる。
毛布を、鼻の下まで上げる。


「笹森さん、もう大丈夫ですか?」


「はい。」


小さく返事をすると、カーテンが少し開いて、先生が入ってきた。


毛布にくるまっている私を見て、少し頬を緩める。


「寒かったですね。」


頷くと、さらに優しい顔で笑った。


ほら、先生のその笑顔が、私を切なくさせるんだ。
何もかも分かっていると、そう言っているような笑顔が。

だから、必要以上に期待してしまうんだ。
先生なら分かってくれると、思ってしまうんだ。



「熱、測りますよ。」



先生が体温計を持っていた。

毛布を少し下げて、ジャージの首の部分を少し緩める。


私は、忘れていたんだ。

先生の優しい仕草に、見惚れてしまっていたから。


体温計を差し込もうと、私の腕を離した時、先生がはっと息を呑んだのに気付いた。


私は慌てて、毛布を掴む。
でも、もう遅かったんだ――


先生の驚いた表情が、それを物語っていた。

でも、それでも先生は、何も言わなくて。



「笹森さん、熱……、嫌なら自分で測ってくださいね。」



そう言って渡された体温計を受け取る手は、ずっと震えたままだった。

ずっと隠してきたのに、一番知られたくなくて、でも一番助けてほしい天野先生に、知られてしまった。

それが、ショックだった。



ピピピピ、と体温計の音が響く。



見ると、39.3℃と表示されていた。
先生が、促すように手を出して、私はそれを隠そうとする。


「見せてください。困った笹森さんですね。」


観念して渡すと、先生は顔をしかめた。



「しばらく休まないと。ほら、帰りますよ。」



先生の口から発せられた「帰る」という言葉に、涙が出そうになる。

帰りたくない、なんてもう言えない。

先生がどんな返事をするかなんて、もう知っているから。


私は途方に暮れて、先生を見つめていた。