数学科準備室から微かに漏れる光で、先生がそこにいるのだと分かった。

それだけで、なぜだか安心する。

先生が、ドア一枚を隔てた向こう側に、存在するというだけで。


学校に着くころには、雨はみぞれに変わっていた。

制服はずぶ濡れで、寒くて。

心なしかふらふらする。


安心したら、ふっと膝の力が抜けてしまって、私はドアに寄りかかるように崩れ落ちた。



「誰かいますか?」



その声を聞くと、胸がいっぱいになる。

もう、何も言わなくていいから。

だから、帰れなんて言わないで。

あんな家に、帰れなんて、言わないで――

お願い、先生。



急にドアが開いて、支えるものがなくなって倒れそうになった。
そんな私に気付いて、先生は瞬時に両肩を支えてくれる。



「笹森さん!!」



聞いたこともないような大きな声で、先生が私の名を呼んだ。
嬉しかった。
先生の感情を動かせるくらいの存在として、私が認識されていることが。



「どうした!!」



床に膝をついて、私の顔を覗き込む。
ああ、先生。
そんなことしたら、スーツが汚れちゃう。
私に触ったら、濡れちゃうよ。



「何で黙ってるんですか?言わなきゃ分からないでしょう!どうしてこんなに冷たくなるまで!」



先生が私を温めるように、何度も肩から腕へと手を滑らせる。

あったかい。

先生の手が、私の知っている何よりも温かい。



「ちょっと失礼。」



先生の右手が前髪の下に滑り込んできて、私は反射的に目を閉じた。
額に乗せられた温度が心地よい。



「熱があるじゃないですか。」



怒ったような口調で先生は言った。



「保健室へ行きましょう。立てますか?」



先生が優しく支えてくれる。

こんなにボロボロでも、先生がそばにいるだけで、どうしてこんなに満たされるんだろう。

愛なんてなくても、そこに先生がいるだけで。


私、期待しすぎていたのかな。

先生に求めるものが大きすぎたから、だからあんなふうに、素直になれなくて。



真っ暗な廊下も、先生と一緒なら怖くなかった。


保健室へ続く廊下は、いつもよりずっと短く感じたんだ――