そんな日々が、1か月くらい続いたある日のこと。

冬も深まり、布団が恋しくてほんの少し寝坊をした。


学校には余裕で間に合う時間。
でも、いつものことをするには、少し遅すぎた。


だけど、なんだかそれでは気が済まなくて。
私は急いで学校に向かったんだ。



職員用玄関を見回して、誰もいないことを確認する。
手紙を入れるのは、一瞬のことだ。
絶対に気付かれない自信があった。




それなのに。




手紙を入れた瞬間に、右手の手首を掴まれた。



はっとして、恐る恐る振り返る。



時間が止まったような気がした。





「笹森さん。」





先生が私の目の前で、小さな封筒の中から紙を引き出す。
そこに書かれている「助けて」という文字は、さっき急いで書いたばかりだった。




「一体、何を助けてほしいのですか?」




静かに先生が尋ねた。

目が笑っていない。

私は、何も答えられずに固まっている。




「いたずらなら、やめてください。」




先生は、答えられない私を一瞥すると、去って行った。

先生が、そんなことを言うなんて信じられなかった。



否定したいのに、喉に何かがつまったみたいに声が出てこなくて。

その背中が遠ざかってゆくのを、ただ見つめていることしかできない。



いつだってそうだ。
私は、去って行く先生の背中を、見送ることしかできない。



久しぶりに、本当に久しぶりに、先生がその瞳に私を映してくれたのに。

先生はあまりにも一方的で、冷たかった。

突き放されたと思った。



誤解を解くには、私の秘密を話すしかなくて。

でも、それだけは絶対に嫌だから。


永遠に埋まらない溝みたいに、先生と私の間には深い深い谷が出来てしまった。