ただ、最初の先生が良かったのと僕もまわりに負けたくないってあって努力しました。


しかし走るのは遅い方でしたね。


この後に兄との転校が始まるんですが、兄は僕が脚に障害があるためにかばったと思います。


当時は分からないけどやはりそれはあったと思います。


僕は、何処でもやはり言われましたよ。


少し引きずるのにね。しかし僕は、負けたく無くてそういう事を言う人と喧嘩してましたよ。


いじめにも多少あったけどどちらかと言うといじめる方にだんだん変わるんです。


気性と負けられないでした。


コンプレックスに思い始めたのは高校くらいで何処に行ってもやれて来たと言う自信があるために特にそれをコンプレックスとは思えなかったです。


高校くらいであ!そうなんだ的に思うけど喧嘩で負けなきゃいいじゃんです。


それと、剣道が僕を支えました。


後にフリーのトンネほ堀から親父の会社に入っても親父は当然のように現場に入れましたし僕も当然のように現場に行きました。


もちろん苦手な事も有るんです。しかし工夫とかで何とかなるんですよ。


僕の事をそれでなじった人達はたいてい立てないくらいにしたんです。