そして、聞いたことのない低い声をして、俺の背中へ言った。
「…勘違いすんなよ。お前が無理したって、誰のためにもならないし、誰も喜ばない」
振り返らない俺に、トモはさらに声を荒げる。
家の鍵を取り出して、扉の鍵穴にさした。
「お前がそばにいなきゃ、利乃ちゃんは幸せになれないわけじゃない。…お前が無理しても、麗奈ちゃんのためにはならない!」
知ってるよ、トモ。
だからこれは、俺の問題だ。
ガチャン、という音と共に、鍵が開いた。
扉を開けて、中へ入る。
「……俺だって、嫌だからな!お前が幸せになんないのは!」
扉を閉める間際、トモの声が耳に滑り込んできた。
パタン、と扉を閉めて、俺は目を閉じる。
消えた夏の夜の匂いが、懐かしくて。
……あの頃の夏が、頭から離れない。
俺はまだ、あの季節にいる。
利乃とふたりきりだった、かけがえのない夏の日。



