「…そんなこと、ないよ」
「あるよ、見てたらわかる。…泣きたいなら、泣けばいいのに」
トモの言葉に、あたしはふるふると首を横に振った。
「…泣けないよ」
蝉の声が、遠くに聞こえる。
あたしはトモを見つめて、そして夏の空気を吸って、精一杯に笑った。
「…あのふたりのほうが、あたしなんかよりずっと辛い」
平凡な家庭に生まれた、あたしにはわからない。
ふたりの苦しい気持ちも、無理をして笑う理由も。
きっとその悲しみは、あたしなんかが想像すらできないものなんだろうな。
例えば、ささいなことで親とケンカしたとか。
ちょっと言い合いになって、家出をしてみたとか。
…それはぜんぶ、家に両親がいるからできることだ。
そんなことすらできずに、親の前では笑ってるなんて、そんなの寂しいよ。
「あのふたりに比べたら、あたしなんか『辛い』のうちにも入んない。あたしが弱いだけ」
「…比べるもんじゃないよ、そんなの」
悲痛そうに、トモが眉を寄せる。
…わかってる、けどね。
あたしはあのふたりの間に、入り込めないから。



