コップにお茶をつぐと、また何も言わずにお母さんの正面の席に座る。
それについては何も言わず、お母さんはボールペンを動かずばかりだった。
……チク、タクと、時計の秒針の音だけが響く。
壁にかかっている時計は、私が小学生のとき、お母さんとふたりで買ったものだ。
幼い私が選んだものだから、デザインも子供っぽい。
……それでもお母さんは、一度だって『他のものに変えようか』と言ったことはなかった。
「…あのね、利乃」
ふと、前から声がして、目線を向ける。
お母さんはやっぱり家計簿から目を離さずに、言った。
「…お母さんね、夜の仕事、やめようと思うの」
……うん。
知ってる。…わかってる。
小学生の頃から使っている幼い柄のコップを見つめながら、「うん」と返した。
お母さんはまた、何も言わなくなる。
今度は私が、「ねえ」と言った。
「……あの人と、いつ知り合ったの」
お母さんは、ピタリとボールペンを動かすのをやめた。
そしてまたすぐに、動かし始める。
…けどさっきまでのような、忙しなさはなくなっていた。



