ーーピンポーン。
再びあの人が家へ来たのは、その日の夜だった。
お母さんが嬉しそうに玄関へ駆けていくのを、おりる途中だった階段で立ち止まり、見つめる。
「連絡なしにごめんね。仕事が思ったより早く終わったから」
お母さんが、優しく目を細める。
その人は玄関で靴を脱ぐ前に、私に気づいた。
「……あ。…こんばんは」
…柔らかな、微笑み。
私は逃げてしまいそうになるのを必死に抑えて、小さく息を吸った。
………わかってるの、私。
慎ちゃんとの『約束』も、お互いのためのものだったって。
私も慎ちゃんも、明日大切な人の前で笑えるように、するためだったって。
…ちゃんとわかってるの、私。
覚えて、いるよ。
だけどその『約束』が、彼を縛ってしまうなら。
私が、彼の障害になってしまうなら。
…離れなきゃいけないと、思った。
だけど、私はまだ弱い。
やっと、彼の前じゃなくても泣くことができるようになったけど。
同時にそんな私を、許せない私もいる。
だって、ずっとふたりきりだったのに。
ふたりで、生きていたのに。
…それに、麗奈ちゃんと慎ちゃんがふたりでいるところを見ると、やっぱり寂しくなってしまった。