『……行って。東京』
そのときの私は、なかなか上手く嘘をつけたと思う。
まっすぐに、鋭いくらいに彼を見つめて。
きっと、意志が固いように見えただろう。
もう、何を言っても無駄だと、思ったんだろう。
慎ちゃんは、それ以上何も言わなかった。
ただ静かに、俯いて。
『……行くよ、父さんと』
それから私達は、一切話さなかった。
離れてしまうという事実から目を背けたくて、私は彼を避けた。
…彼ももう、ベランダには出てこなくなった。
私の話を黙って聞いてくれていたトモくんは、つぅ、と私の頬を流れ落ちる雫を見つめて目を細める。
静かに手を伸ばして、その雫を拭った。
濡れたまつげが、重たい。
私は俯いたまま、顔を上げなかった。
「……利乃ちゃんは、慎也のこと、ほんとに好きだね」
……うん。
きっと、この世界でいちばん綺麗な人。
私のことをいちばんにわかってくれる、愛しい人。



