母さんが僕らの前で泣くから、僕らは母さんの前で泣かない。

無邪気で従順で、なにも知らない子供でいなくてはならない。

だからふたり、夏の夜に泣いた。

お互いだけが、泣き場所だった。


どうか、明日大好きな人の前で、笑えるように。


…今だけ、世界にふたり。

手を繋いで、泣き合う。



それから中学生になっても、俺と利乃は『約束』を繰り返した。

さびしいさびしい、ふたりきりの夏。

お互いがお互いだけ、支え合って生きていた。

肌を焼く太陽の熱、さわさわと揺れる冷たい夜風。

静かな波の音や、海のテトラポット。

すべてが愛しい、夏の季節。


そして、中学を卒業した春休み。



……俺は、利乃と離れた。