『…………』
俺は何も言わず、靴を脱ぐ。
リビングに近づくにつれて、その泣き声は大きくなっていく。
リビングの扉を開けて、俺はその姿を見た。
『……ただいま、母さん』
広いリビングにひとり、床に座り込み、ソファにうつぶせて泣いている。
返事は、ない。
俺に気づいていないんだ。
『………』
それ以上何も言わず、リビングを出て二階へ上がった。
ランドセルを置いて、ふぅ、と息をつく。
ベッドに寝転がり、目を閉じた。
…俺の父親は、いわゆる“仕事人間”だった。
会社の重役だとかなんとか、仕事を理由に、家に帰ってくるのは遅い。
母親は日に日に寂しさを募らせ、二年前からよく泣くようになった。
昨晩は父親と喧嘩をして、今朝俺の朝食を作ったあと、どこかへふらふらと出かけて行った。
あれからずっと、泣いていたんだろう。
離婚しないのは、俺がいるからだ。
俺が帰ってきたことに気づかないほど泣いて苦しんでいるなら、別れればいいのに。



