「……あ。いや、なんでもない」
キュッと蛇口をひねって、また水を出す。
手についた泥は、なかなか落ちない。
手のひらを流れていく透明な水を、じっと見つめた。
「……………」
水音だけが、あたし達の間に流れる。
さっきのこともあって、明るい話題を振っていいものかと悩んだ。
ちらりと視線を横に動かすと、池谷くんの綺麗な横顔が見える。
……この距離を、埋めるには。
どうしたらいいんだろうかって、ずっと考えていた。
だけどいい案なんて、浮かぶはずなくて。
あたしは池谷くんの好きな人も、彼の思いも知らないから。
気の利いたことなんて、言えるはずもない。
だけどぶつかっていかなきゃ、それこそ知ることなんてできないと思うから。
彼との距離を、少しずつでいいから、埋めたいんだ。
「………あの、さっ!」
突然声をかけたあたしに、彼は目を見開いて驚いた。



