むかつく男の顔が、だんだんとぼやけてくる。
そこで初めて、目に涙が溢れていることに気づく。
「…っ」
情けない。なんだこれ。
こんなの、敵に負けを認めているようなもんだ。
絶対に、こいつの前でこんな顔したくなかったのに。
「…加野………」
「…見るな。腹立つ」
襟を掴んでいる、大きな手を乱暴に退けた。
そこから、こいつが何かやってくることはなかった。
「…お前には謝らねぇよ、俺は」
「……」
「…君花には謝る。死ぬほど謝る。けどお前には謝らない」
いつまでこんな、ワガママな子どもみたいなことを言うつもりなのか、俺は。
心の底から、自分が嫌になってくる。
でも、目の前に立っているこいつは、何も言わずに、ただ俺をずっと見ていた。
顔は上げられなかった。
透き通るほどにきれいな顔を、見たくなかった。
俺の心まで見透かされてしまうようだったから。
「…いーよ。謝んなくて」
「…っ」
…なんで、そんなことを平気で言うんだ。
「事実、お前がずっと大切にしてきた女を横取りしたようなもんだから。もしかしたら謝る方は俺の方かもしれないし」
「…」
「…でも、俺も本気であいつのことが好きだから、引かない」
「…」
“本気で好きだから”
…うん、いいな。
俺も、本気であいつのことがすきだよ。
「…でも、本気で好きだから、今は離れることにした」
「…………」
…え?
一瞬、こいつが何を言っているのかよく分からなかった。
今は、離れることにした…?
「…は?」
どういうこと、だ。
「今日、あいつはずっと上の空だった。だから聞いた。お前とのこと、全部」
「…っ」
また、男の顔に、怒りが滲んでいく。



