「あの、どうしました?」

 こうなったらもはや身分を明かした方が素直でいいかもしれない。そんなことをぼんやりと理真は思う。そして言葉は口をついて出た。

「私の勤務先です、姪っ子さんの学校。学年は違いますけど。」

 理真がそう言うと目をいつもより開いて明らかに驚いた顔をする岡田がいた。しかしその表情はすぐに柔らかいものに変わる。

「先生だったんですね。お忙しそうだからどんな仕事なのかと思っていたんです。」

(…私のこと、ちゃんと覚えてたんだ、この人…)

 失礼といえば失礼だが、毎日客がくる店の客を覚え、なおかつ自分の忙しさを程度は分からないなりに気にしてくれていた人がいたことに理真の方が驚いた。

「じゃあ明日はお仕事をする姿をお見かけすることになるのかな。」
「…そうですね。汗だくだと思います。走り回る予定ですし。」
「確かに。じゃあこれ、明日の朝にでもどうぞ。」
「え?」

 差し出されたのは紙袋だ。理真はいつも店内で食べてしまうので貰うことはないが、見たことはあるので知っている。岡田の店の持ち帰り用の紙袋である。

「余ったもので申し訳ないですが、良ければ。」

 半ば強引に手渡され、思わず受け取ってからはっとする。

「いやいやいやいや!こんなにいっぱい貰えません!」
「あ、じゃあ分けましょうか。クロワッサンはお好きですよね?」
「好きですけど…」

 岡田はカバンから別の袋を出し、パンを数個移した。そして紙袋の方をもう一度理真に差し出す。

「量を少し減らしました。明日の朝の分に丁度良い感じになったと思います。どうぞ。」

 いつもの営業スマイルを浮かべられたら理真も弱い。何だか悪い気もするがここは有り難く受け取っておく。

「あり…がとう、ございます。」
「はいっ。明日、頑張ってください。応援します。」

 やっぱり岡田の言葉は温かい。その笑顔ももちろん温かい。