「知紗、あのころすごい勢いで成績が上がってたから、第一志望の高校に受かってほしくて、つい」
できない約束をしてしまった。
――先生、私と付き合ってくれる?
あのときの先生の表情を思い出そうとした。でも、うまく描けない。
先生の言葉だけが、私の記憶のなかでぐるぐる回る。
――……いいよ
そう答えたのに、先生には彼女がいた。
結婚を考えるほど、真剣に付き合ってる女の人が。
先生のことを「圭くん」と名前で呼んでいたあの人が……きっと。
「彼女に相談したら、知紗が合格してから事情を説明しようって」
先生の言葉が一瞬、耳に入らなかった。
「今断るより、受験が終わってから話したほうが、知紗のためだって」
かっと一気に顔が火照る。
あの女の人、私のことを知ってたんだ。
自分の彼氏に告白をしてきた中学生。
何も知らず、可哀そうに。
さっきもそういうふうに見られてたのかもしれない。
うつむいて、桃のお茶缶が震えるくらい握りしめた。


