「彼女とは大学時代から付き合ってて、親御さんにも良くしてもらってたんだ。でも親父さんがこのあいだ体調崩して、前々から言われてた跡取りの話が具体的に」
「先生」
伏せられていた目が、ぱっと上がる。
そこには笑顔の欠片もない、今にも泣きそうな、くしゃくしゃな顔だ。
「もっと、分かるように言って」
私、頭が悪いから、
「先生の言ってること、よく、わかんないよ」
「ごめん知紗」
先生は苦しげに目をつぶった。
「知紗のやる気を、奪いたくなかった」
ぽつぽつと、しゃべりはじめる。
先生は身体の両側で強く拳を握り締めていた。
いつもの白衣ではなくジャージ姿のせいか、そこにいるはずの先生が現実のものじゃないような気がしてくる。
幽霊とか、幻とか、あるいは、
悪い夢。


