公立大学に合格したナポレオンは、家からは遠くて通えないため、 1人暮らしを始めたらしい。


そして、今に至るというわけだ。


「へえ……」


作り話にしては現実味がありすぎる。

ようは、彼はナポレオンの生まれ変わりなのではなく、“御堂暁に生まれ変わったナポレオン”ということになる。



……てことは、この人、御堂暁の姿をしたナポレオン本人、てことなんだよね。


いまいち信じがたいけど。




「けど、自分がナポレオンだってことをうっかり話しちゃって、苦労したことだってあるんでしょ?
そんなこと、話しても良かったの?」


訊いてみると、ナポレオンは胸を反らして鼻を鳴らす。


「確かに、苦労はしたな。
頭がいかれてる、とか、厨二病、とかはよく言われた。
だが我が輩の言うことを根本から信じた者は少ないし、我が輩も信用できそうな相手にしか話さん」

「お母さんは知ってるの?」

「いや、アキラの母上どのには言っておらん。
息子がいきなり、自分よりもひとまわり年上の男の人格を持った、などと分かっては、心中穏やかで過ごすことなどできぬだろうからな」


あ、この人、ちゃんとそこは考えてるんだ……。

高校の時、世界史でナポレオンの話が出たけど、さすがは“革命の申し子”と呼ばれただけはある。


「まあ、お前を除いて我が輩のことを知っておる者など、中学時代のオカルトマニアの友人くらいしかおらぬな」


「その友達は別にして、なんであたしにも話そうと思ったの?」


「今日、我が輩が通うことになった大学でお前を見た。
お前も我が輩と同じ新入生だそうだな。
しかも隣人と言うではないか。
顔を合わせる機会は多くなるだろうし、いつかはボロがでる。
だからいま話した」


…………へ?

“我が輩と同じ新入生”?



「……あたしと同じ大学なのっ⁉」

「我が輩と同じでは嫌か?」


ナポレオンが不機嫌そうに眉をしかめる。


「いや、ではないけど……。
その、あたしよりも彼氏のほうが付き合い長くなるんじゃないの?」


先ほど部屋の中でイチャイチャしてたし、完全に彼氏いるっぽいし。

するとナポレオンは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。


「なにをいう。
我が輩は男色など好みではないぞ」


男色……つまりはホモのこと。

男色を好まない、っていうけど、さっき物凄い喘ぎ声してきたよ?

物凄くやらしい攻め声がしてたよ?


どっちの声がナポレオンなのかは考えもしなかったけど。


「じゃあ、さっきの喘ぎ声は?」

「喘ぎ声?」


ナポレオンは暫く、顎に手を当てて思案する。

そしてひとしきり考えたのちに、「ああ」とうなづいた。


「あれはただ、我が輩が本を朗読していただけだ」

「ほっ、本⁉」

「女は好きだろう。
ケータイ小説、とかいう読本は」


あ、ケータイ小説ね。

確かにあれなら、過激なほど甘いシーンがあったっておかしくはない。

それを男のナポレオンが1人で朗読したら、そりゃ男と女のベッドシーンも、
男同士でヤってるシーンにしか聞こえないよね。


「我が輩が生きておった頃は、よくジョセフィーヌが読んでくれたのだがなぁ。
なにしろ今は1人暮らしだし、1人二役するしかないのだ」


ジョセフィーヌ、が誰なのかはしらないけど。

どうやらナポレオンのホモ疑惑は、あたしの中では完全に消えた。