その時。
「ねえ」
誰かがあたしの肩をつついた。
いや、誰かではないな。
あたしが知ってる声だ。
「神山先輩」
呟いたあたしに、神山先輩は朗らかな風さえ吹きそうな爽やかな微笑みを浮かべた。
来たな……?
「ひさしぶり」
「……お久しぶりです」
あたしは先輩にむけて慇懃に頭を下げる。
上目遣いというよりは相手の出方を虎視眈々と待つようにうかがう。
「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
神山先輩は蕩けるような笑みで言った。
不覚ながら、あたしは見とれそうになってしまう。
この人の本性を知っていてなを、付き合ったことがある女性がいるのだと思うと、その理由もいささか分かる気もする。
……でも、だめだめ。
自己中なこと言うようだけど、これはあたしの人生の10分の1がかかってる。
こんなところで心を許せない。
「はい……」
あたしはうなづく。
その時、先輩の瞳が妖艶に煌めいた。(ような気がした)
「あのさ、俺ちょっと君のこと……」
そらきた、そらきた。
あたしは身構えんばかりに唇を引き結ぶ。
いつでも来い、とばかりに。
……が。
「君のこと」の次は聞こえなかった。
なぜならその刹那。
「ひーなこーどのっ」
……と。
陽気な声で、唐突に“奴”がやってきた。
あたしの横に立った長身の男。
長いミルクティ色の髪をセンター分けにして、そいつは颯爽と現れた。
切れ長の目に埋め込まれた青い瞳が、微かに光った。
ナポレオン……帰ったんじゃなかったの⁉


