ラベンダーと星空の約束

 


カメラを夜空からラベンダー畑の方へと、ゆっくり斜めに下げて行く。



フレームの中を星達が左上に流れて行き、

ラベンダーの丘の上端が、右下からフレームに入ってきた。



フレームの中に星空とラベンダー畑が半分ずつ映っている状態で、ピタリ手を止めた。



そこから下へ、カメラを動かす事は出来なかった。



手の動きも、呼吸さえも止め、私は固まっていた。



ファインダー越しに四角く切り取られた空間に映るのは、

目映(マバユ)い星空と、青く光るラベンダーの海と、

それから…

丘のてっぺんに立ち、天を仰ぐ一人の人影。



アンタレスを横切り流れた星が、落ちて消えた場所に立つ人影。



アンタレスが地上に下りて、その人影になったのではないかと…

そんな神話みたいな物語を想像してしまう。




今まで賑やかに合唱していた虫達が、急に鳴くのを忘れてしまった。



風に揺すられ、涼しげな音色を奏でる白樺の葉も、ラベンダーの花穂も、

今は息を潜め、静寂を作り出している。



音が消えた空間に唯一聴こえるのは、ドクンと大きく跳ねる、自分の心音だけ。




カメラを下ろす事が出来ず、ファインダー越しに、その人影を見続けていた。



その人が見ているのは、南の空高くに輝く赤い星。

彼の心臓の拍動を表すかの様に、トクトクと瞬くアンタレス。



星を見続けていた彼は、やがてゆっくりと私の方へ顔を向けた。



こっちを向いたけど、辺りは淡い光りしか届かない闇の中。

距離も離れているから、私からは遠いシルエットにしか見えない。



カメラのズーム機能を使えば、その顔が見えるのかも知れないけど…

そうする事さえ忘れ、幻想的な風景に佇む、遠く美しいシルエットと向き合っていた。




顔は見えない。

人影にしか見えない。

けれど、それが誰であるかは、目にした瞬間に分かっていた。




待ち続けた人が…

やっと手の届く所に帰って来た彼が……




名前を叫んで、駆け寄る事は出来なかった。