次にメールの受信欄を開いた。
日本時間はまだ朝だ。
我妻さんのメールを、紫はまだ見ていないと思うが……
予想に反して、彼女からの返信は既に届いていた。
2時間程前に届いたメール。
モスクワ時間で0時46分。
日本時間だと、それプラス6時間…
早朝からPCメールをチェックすると言う事は、随分と心配していたのだろう。
彼女のメールを開く際にかなりの緊張を感じるのは、
俺についての文章が書かれていると確信しているから。
大きく息を吸い込み、細く長く吐き出した。
それから画面上に浮かぶ紫の文章を、ゆっくりと辿っていった。
『うちの馬鹿がご迷惑掛けました。
きっと一騒動あった事でしょう。
本来は一緒に行く予定だったのですが、一人で勝手に出発してしまい……本当に申し訳ございません。
大樹が私の気持ちを上手く伝えられるとは思えないので、我妻さんに伝言をお願いしたいのです。
流星に伝えて下さい。
全てを知った上で一緒に生きて行きたい。
あなたの命の灯が消える瞬間まで、どうか私の隣で生きていて。
それが…私の心からの願いです。』
紫の書いた文章が、涙に滲み、ぼやけて見えた。
心臓が強く温かく脈打つのを感じる。
3年間、同じ場所で足踏みしていただけの俺。
一方で彼女は前に進んでいた。
大樹…本当だな……
紫は強かった。
ふと、ラベンダーの香りを感じた。
それはきっと、紫の姿を想い浮かべたせいであろう。
紫は強い。
彼女の名前の由来である、ラベンダーの花の様に……
極寒の大地で雪に覆われても枯れる事なく、
次の初夏には紫色の可憐な花を咲かせる。
凛とした色…
清々しく優しい香り……
北の大地を覆い尽くす、紫色の花の海……
ああ…想い出した。
彼女は…そんな女の子だった……
紫……紫……
君に……逢いたい……
我妻さんのアドレスで、彼女に一言だけ返信した。
『もう少しだけ待っていて…』
僅かに腫れを残す左頬に、涙が一筋流れ落ちた……