言葉を返せずにいる俺の様子が気になったのか、
大樹は一度ドアノブに掛けた手を離し、体ごとこっちを向いた。
廊下の端と端でぶつかる視線…
すると大樹が「ブハッ」と吹き出し、笑い出した。
「ハハッ!何てダセェ面してんだよ…アホだな。
だからてめぇは、紫のこと分かってねぇって言ってんだ。
さっきも教えてやっただろ?
あいつの中身は、肝っ玉ババアだって」
「いや…それとこれとは…」
「何だよ、まだ聞き足りねぇのか?
仕方ねぇな…じゃあ別の話ししてやるよ。
この間、紫ん家に鯛焼き買ってってやった時の話しだけどよ、
あいつ『冬は運動不足だからオヤツは食べない』って宣言してっから、紫の分だけ買わなかったのよ。
それなのに『私の分が無い』って怒りやがって、俺の食いかけ奪いやがった。
まだ一口しか、食って無かったんだぞ?酷ぇと思わねぇ?
しかも食いながら『何でクリーム?私が粒餡好きなの知ってて嫌がらせ?』とか吐かして、頭を叩きやがる。
俺だって鯛焼きは粒餡が王道だと思ってっけどよ、あん時はクリームが食いたい気分だったんだ!
何が言いたかったんだっけ…あ〜アレだ。
あいつはそんな女だって話しだ。
一緒に居たら、その内てめぇも尻に敷かれんぞ。
覚悟して帰って来いよ」
シーンと静まり返っていたリビングから、
ドア越しに聞き耳を立てているであろう、我妻さんとアナスタシアさんの忍び笑いが漏れている。
大樹は言いたい事だけ言って「腹減った…」と、笑い声の漏れるリビングに消えて行った。
唖然とした俺だけが寒い廊下に残される。
唖然としていたのは、鯛焼きがどうとか、尻に敷かれるとか、そう言う事に対してでは勿論ない。
自分の愚かさと、この3年間が無意味であった事に…唖然とするしか無かった。
大樹が教えてくれた事を振り返る…
紫は3年前に俺の命の期限を聞かされ…大泣きした。
だが…今の彼女は泣いていない。
星空を眺めながら俺を想う彼女は、涙するのではなく…強く前を向いて待ってくれていた。
「…大樹の言う通り……
…大バカ野郎だな…俺は……」


