『紫の痛み』
そのフレーズが突き刺さる。
この数年、一番傍で彼女を支えてきたのはきっと大樹だろう。
そんな彼の言葉が心臓を貫いた。
いつも彼女を真っ直ぐに見詰めてきた、濁りの無い強い瞳に射抜かれた。
大樹が振りかざした拳に抵抗する気は起きなかった。
むしろ殴られたいとさえ思っていた。
視界の端に一歩足を踏み出そうとするイワンさんの姿が映ったが、我妻さんがそれを制している。
宙で固く握られた大樹の右拳。
それが唸りを上げて振り下ろされるのを静かに待っていた。
二秒経ち…三秒が経ち…
いつまで待っても、更なる痛みは訪れない。
握り締めた拳が微かに震え出すのが見えた。
そして拳の代わりに降ってきたのは……熱い涙。
俺を睨みながら、
歯を食いしばりながら、
顔を歪めながら…大樹は泣いていた。
一発目の傷が生々しい俺の左頬に、塩辛く苦しい涙がポタポタと落ちてきて…傷口に染みた。
涙と共に、胸倉を掴み上げる大樹の左手から力が抜けて行く。
震える右拳の二発目は、結局俺に痛みは与えず…
低速で顔横の床板に打ち付けられた。
「流星…逃げてんじゃねーよ……
紫を捨てんじゃねーよ……
俺は…てめぇみたいに恥っずい台詞なんか吐けやしねぇ…
星座の話しもしてやれねぇ…
あいつが想うのはいつだって、てめぇの事ばっかで…そこに俺は入れねーんだ…
俺は流星の代わりにはなれねぇ…
紫を俺に押し付けんな…」
閉じ込めていた苦しさを吐き出す様な…そんな重苦しい響きを纏う言葉。
紫を支えながら、大樹もまた苦しんで来たのだと…
その言葉と涙に初めて気付かされた。
「大樹……ごめん……」
「俺に謝ってどーする…紫に謝れ、この大バカ野郎が……」
大樹は大きく息を吐き出し、荒々しく涙を拭い、俺の上から下りた。
それを見たヴェデルニコフ家の人達の、安堵の溜息が聴こえてくる。
「リュウ、僕達はリビングに戻ってるからね」
なぜか俺より状況を理解している我妻さんが、戸惑う皆を促し、リビングへと引き上げてくれる。


