やはり分からない。
大樹が何故一人でここに居るのかが分からない。
大樹に手首を掴まれたまま、一人考えを巡らせる。
黙り込む俺を睨みつけながら、彼は取り合えずの苦情をぶつけてきた。
「てめぇこの野郎、何引越してやがる。
すげー大変な目に合ったじゃねーか!」
やっと俺の手首を離した大樹は、コートのポケットから名刺を取り出し、俺に押し付けた。
それを受け取り見ると、我妻さんの物だと分かる。
しかし今の物ではない。
そこに印字されているのは、引っ越す前に住んでいた、モスクワ市内の狭いアパートの住所と以前の電話番号だった。
この名刺はかつて彩の写真展を見に行った日に、紫が我妻さんから貰った物に違いない。
俺が我妻さんの下にいると何らかの理由で紫が気付き、この名刺を大樹に持たせ、ここに寄越したのは確かな様だ。
「引越しているのに、よくここまで辿り着いたね。
どうやって分かった?
生き別れた兄を探して…
そう嘘をついて、さっきの人達の同情を誘い、捜して貰ったの?」
「あ゙? 生き別れの兄貴って、何だよそれ。
てめぇが兄貴な訳ねーだろ、バカじゃねーの?
俺はただ『流星を捜してる』って、あのオッサンに言っただけだ」
大樹はさっきの警官の話しを少しも理解していなかった。
この言葉の行き違い…
「大変な目に合った」との先程の言葉と総合して、
どんな事態に陥っていたのか、大方の想像が付いた。
恐らく大樹は名刺に記されたモスクワ市内のアパートへ行き、一騒動起こしたのだろう。
俺達が引越した後、あのアパートに新しく入居した住人に向かって、
「流星を出せ」と日本語で詰め寄ったんだろうな。
その結果警察を呼ばれ…
事情を聞かれても話しは通じず、
身振り手振り、もしくは絵を描いたりして事情を説明した挙げ句、妙な勘違いをされた……
きっとこんな所だろう。
彼らの間でこんな会話がなされたのではないかと、その時の状況を推理してみた。
――――……
「くそっ、何でサツにしょっぴかれねーといけねーんだ!
俺は流星を捜してるだけだってーの!」


