俺もそれには賛成だ。
しかし俺がアルコールを口にしない一番の理由は、単純に医師に止められているからでもある。
自覚症状は無いが、この心臓には心電図上でリズム不整が見られる。
血圧や心拍数を大きく変動させるアルコールは、飲まない方がいいと言われていた。
タマラさんの真心のこもったビーフストロガノフを二度もおかわりし、腹が満たされ体も温まった。
羽織っていたカーディガンを脱ぎ、シャツの上のボタンを一つ外した。
椅子の背もたれに体重を預け満腹感の中に長い吐息を吐き出すと、
皆が可笑しそうに、けれども嬉しそうに笑ってくれた。
アナスタシアさんとタマラさんが口々に言う。
「リュウもそんな顔するのね」
「そんな顔して食べてくれたら嬉しいねぇ。
週に一度のビーフストロガノフの曜日を作ろうか」
そんな顔とは…
手元に鏡が無いので自分の顔を見れないが、きっと満ち足りた笑みを浮かべていたのだろう。
照れ臭く、頬が微かに熱を帯びるのを感じて顔を逸らすと、そんな俺に皆は益々笑い声を大きくした。
そんな中、和やかな食卓の雰囲気を打ち破る様に、玄関のベルが鳴らされた。
時刻は20時に近い。
こんなに遅くなって来訪する客人を思い付けない。
急に静まり返る食卓。
皆が顔を見合わせながら、「配送業者か…?」「隣人の急用か…?」等、
それぞれに推測している風だった。
二度目のベルの鳴る音が聴こえ、
「どれ、ワシが出よう」
とイワンさんが立ち上がる。
いつも来客の応対はタマラさんがしているのだが、
イワンさんが立ち上がると言う事は、何かしらの不安を感じたからであろう。
不安と言っても、犯罪を予測していた訳ではない。
この辺りの田舎は治安が良く、空き巣も強盗の話しも聞いた事は無かった。
イワンさんがリビングのドアから出て行った後も、食卓の静けさは持続された。
いつもは鳴らない夜のベルに僅かに緊張が漂う。
玄関ドアを開ける音が聞こえ、廊下の先の話し声に聞き耳を立てた。


