すぐに見えてきたリビングは真っ暗ではなく、部屋の一角だけが明るい光りに包まれていた。
「おはようリュウ、今日は随分と早起きだな」
小さな間接照明と読書灯の明かりの中、
パジャマにガウンを羽織った姿で本を読んでいたイワンさんが、俺に気付いて声を掛けてくれた。
「おはようございます。
イワ…おじいちゃんも早いですね」
「ワシはいつもこんなもんじゃよ。
古来より年寄りは早起きと決まっとる」
「ハハッ なるほど」
イワンさんは読みかけの本に栞(シオリ)を挟み、
「どれ、リュウの為に旨い珈琲でも入れてやろうか」
と立ち上がった。
「これからシャワーを浴びるので今は…」
それを断ると、
鼻眼鏡のイワンさんの青い瞳が、俺の手の中の汚れた下着に視線を止めた。
慌てて後ろに隠すが、隠そうとした行為が、反って事実を伝えてしまったらしい。
70を過ぎても健康で知的好奇心も旺盛な彼。
頭の回転も理解も速く、察知した直後に「ブワハハッ!」と大声で笑い出した。
2階で眠る皆が起きてしまうのではないかとハラハラし、
慌てて口前に人差し指を立て、彼の笑いを制そうとした。
「ブワハハッ、いや、すまんすまん。可笑しくてついのう」
「恥ずかしいですが…
生理現象なので勘弁して下さい」
「いやいや、ワシは嬉しいのさ」
イワンさんは白い顎髭を撫でながら、
「うんうん」と一人納得し頷いていた。
俺の夢精が嬉しいとは一体……
意味が分からず首を傾げる。
「リュウは…何と言ったらいいかのう…
そうだ、神話にでも出てきそうな達観した所があるからのう。
だからお前さんもそこらの若造と同じ様に、人間くさい面もあるんだと分かって嬉しいわい。
ブワハハッ!」
「俺は…神話の世界には入れませんよ。
迷いの中で生きる、愚かな人間の代表的な存在です」


