静かな趣味の時間を過ごす夫婦から、向かいに座る我妻さんに視線を戻す。
揺れる紅茶の湯気の向こうには、彼の優しい瞳と陽気な笑顔が見える。
彼は楽しそうにここ数年の思い出話しをしていた。
暗い朝の珈琲ショップで数年ぶりの俺とばったり遭遇した日の驚き。
モスクワ市内のアパートに家族4人プラス俺の5人で、ぎゅうぎゅうに狭い暮らしを数ヶ月続けた日々の事。
田舎のこの家に引っ越してアナスタシアさんの体調が以前より良くなり、
引っ越す切っ掛けをくれた俺への感謝の言葉。
それから夏の間あちこち散策して歩く俺に、カメラ片手に付いて回った時の事…
「ペテルブルクには泊まりがけで何度も行ったよな〜。君がせがむから」
「ハハッ せがんだりしていませんよ。
俺の認識では、我妻さんが付いて来たと言った所ですが?」
「ワハハッ!僕が君に連れて行って貰ってたのか〜
そうだったのか〜ワハハッ!」
「そうじゃなく…俺が居なくなったりしないか、見張ってたんですよね?」
春も夏も秋も、俺は何度となくサンクトペテルブルクの街に出掛けた。
その度に我妻さんは
「僕も写真撮りに行こうと思ってた所なんだ!一緒に行こう!」
と言って付いて来た。
きっと心配だったのだろう。
俺がふらりと行方を暗ましたりしないかが。
「あの頃の君は何て言うか…危うげだったからな〜。
心配していた僕の心が読まれていたとは気付かなかった。
そうならそうと、言ってくれたら良かったのに、君は人が悪いな〜。
おじさん今頃恥ずかしいじゃないか、ワハハッ!」
彼が笑うと目尻に沢山の皺が寄る。
優しい皺…温かい皺…
彼が豪快に笑うと、釣られて俺も笑ってしまう。


