冬場は薬を取りに病院に行く以外家に篭るから、時に感傷的になりがちだが、
暖かい季節には活動的に出歩いていた。
紫を想い続ける事と、投げやりな人生を送る事が、イコールであってはならない。
『君は君の人生を精一杯生きて…』
かつて龍之介さんが俺に贈った言葉は、今も胸の中に大切に息づいている。
投げやりな人生は送らない。
紫を想い感傷的になっても、塞ぎ込んだりしない。
遠い異国の地にて彼女を愛し続けながら…
俺らしい人生を…そう考え今を生きている。
我妻さんは一度キッチンへ行き、
鮮やかなコバルトブルーの彩色が美しいグジェリ焼きのティーポットに、
自分の分の新しい紅茶と、俺の分の3杯目の紅茶を入れ、戻ってきた。
アナスタシアさんの書斎からは、電話で仕事関係の話しをしている声が小さく聴こえてくる。
イワンさんはリビングのソファーで読書をし、
タマラさんは洗ったテーブルクロスを広げ、暖房器具の横に干している。
この家の中では、ロシア語を使う事が暗黙の了解だ。
元日本語教師のアナスタシアさんは、流暢な日本語を話すけど、
初老の夫婦が解せるのはロシア語のみ。
自分達の理解出来ない言葉で話されると、大した内容のない話しであっても気になり、不快に思う事だろう。
この家のルールに則(ノット)り、今我妻さんと2人で会話している言語は当然ロシア語。
その為、すぐ近くにいる読書中のイワンさんにも、窓際で編物を始めたタマラさんにも、俺達の会話は筒抜けだ。
けれど俺達の会話に、他の家族は干渉してこない。
俺を心配し気遣ってくれるこの家族、だがこうやって、直接深い所まで突っ込んで話しをしてくるのは我妻さんだけだ。
それはきっと、この家族が我妻さんに絶大なる信頼を寄せているからだろう。
俺の痛手に関しては、自分達があれこれ言うより彼に任せた方がいいと、
彼に任せれば、物事は良い方向へ動き出すと…
そうして聞き耳を立てつつも、干渉してこないのだろう。


