ラベンダーと星空の約束

 


階段を下りるに連れ、スコーンと紅茶の香りが濃くなって行く。



アナスタシアさんはたまに上手な焼き菓子を焼いてくれる。



ジャム作りはタマラさんの方が上手いが、ベリー系のジャムは、アナスタシアさんが作った物も好きだ。



三時間前に昼食を食べた食卓テーブルには再び家族が揃い、

焼きたてのスコーンにラズベリーのジャムを塗っている最中だった。



元は4人掛けのテーブルセットには、俺が居着いた為に、お揃いではない違う形の木の椅子が一脚追加された。



その異分子の椅子にいつも座るのは、俺ではなく我妻さん。



俺に用意された椅子は、4人掛けの家族揃いの椅子で、

この家の主、イワンさんの向かいの窓際の明るい席。



食卓の席一つを取っても、この家族の思いやりが伝わってくる。




それぞれの小皿に、焼きたてスコーンが二つずつ。



手で半分に割って赤紫色のジャムを付ける。



あっさりとしたスコーンの生地は、小麦粉の素朴な旨味を感じられる。



ラズベリーのジャムも甘さ控え目で酸味が際立ち、さっぱりしているから幾つでも食べられそうだ。



タマラさんがいつもの様に俺に夕食のメニューの希望を聞き、

イワンさんが半世紀前のロシアの話しを聞かせてくれる。



そうして楽しいティータイムは皆の皿と紅茶のカップが空になると終わりを迎え、それぞれ趣味や家事や仕事へと戻って行く。




食器が片付けられて何も無くなったテーブルクロス上には、僅かにこぼれたラズベリージャムで、赤紫色の点が描かれていた。



タマラさんは綺麗好き。
すぐに新しいテーブルクロスに取り替える。



木綿のテーブルクロスはほつれた箇所が縫い直されていたり、元は真っ白だった色が日焼けして黄ばみ掛かっていたり、

かなり使い込まれた古い物だ。



しかし丁寧な洗濯と几帳面なアイロン掛けで、いつだって真っさらに清潔。



そんな替えられたばかりのテーブルクロスに頬杖を付き、誰もいないテーブルに一人、ぼんやりと窓の外を見ていた。