「どうぞ」と返答すると、ドアが元気良く開けられ、笑顔の我妻さんが入って来る。
「まだ熱心に仕事中か〜
君は本当に真面目君だな〜」
そう言って彼は俺の横に立ち、後ろ手に手を組み、PC画面を覗き込んだ。
「なになに〜?」と俺がロシア語に変換した文章を見て、
その文章にオペラ調の節を付け、朗々と読み上げた。
彼は無駄に良い声をしている。
艶のあるバリトンの響きと妙に上手い詠唱に、
地質分析の結果と考察と言う、味気無い文章が、
まるでミハイロフスキー劇場で見た戯曲の様に聴こえた。
「我妻さん上手ですね!
オペラ歌手みたいだ!」
本気で凄いと思い拍手する。
けれど歌っているのは我妻さんで、内容は地質学で…
やっぱり可笑しくて、自然と声を上げ笑ってしまった。
調子づいた彼は、両手を宙に掲げながらアリアの一小節を高らかに歌い上げ…
「お褒めに預かり実に光栄!」
と恭(ウヤウヤ)しくお辞儀をして見せ、俺を更なる笑いの渦に引き込んだ。
笑いが収まるのを待ち、彼は
「リビングでお茶にしよう」と、
この部屋に来た、当初の目的をやっと話した。
調度一息入れたい気分だったから、その誘いに有り難く応じる。
部屋に入ってきてから出る時まで、我妻さんはずっと笑顔を絶やさない。
彼は恒常的に明るい人だ。
けど今日はいつもにも増して、陽気に思えるのは気のせいだろうか…
彼の後ろに付いて階段を下りながら話し掛ける。
「何かいい事でもあったんですか?」
「ん?何故?」
「嬉しそうな顔してます」
「ワハハッ!そりゃ嬉しいさ〜!
アーニャの絶品スコーンとジャムでティータイム!
最高だろ〜?」
妻手製の菓子でティータイム…
そんなありきたりで些細な日常の一コマにも、我妻さんはこんなにも喜びを表に出す。
そう言うのっていいな…
羨ましい……


