黙り込む俺を見て、我妻さんは悲しげに笑う。
「ランチ出来たってさ。
リュウ行こう、腹一杯になれば少しは明るい気持ちになれる」
促され、アナスタシアさんの椅子から立ち上がる。
回転椅子のスプリングが「ギィッ」と軋み、いつか聴いた音に似た音を立てた。
似ていたのは、在りし日の柏寮の玄関ドアの音。
今は無き柏寮を想う。
紫は夕暮れ色に染まる柏寮が好きだったよな……
一瞬だけ目を閉じ、橙色を纏う、温かい建物を瞼の裏に蘇らせる。
想い出の中のその場所にはいつも紫が居て…
俺を見て今も嬉しそうに微笑んでくれた。
懐かしい…柏寮……
紫との一瞬の邂逅(カイコウ)は目を開けると同時に消え失せ、後には虚しさだけが残された。
ランチに呼びに来てくれた我妻さん。
リビングからも
「リュウー、食べるわよー」
とアナスタシアさんが俺を呼ぶ。
先程まで空腹を感じていた筈なのに、今はあまり食べられそうに無かった。
それでも俺を諭(サト)してくれる、優しいこの家の人々の元へと歩き出す。
首から下げているのは、紫が身に付けていたそのままの、シルバーチェーンのネックレス。
ぶら下がるのは紫水晶の指輪。
リビングから賑やかな笑い声が聴こえる。
そこに向かう俺の足取りは不自然に重たく…
その歩調に合わせて紫水晶の指輪が、小さな光りを悲しげに揺らしていた……


