不意に声を掛けられ目を開けると、
開け放したドアにもたれ腕組みしながら、真顔の我妻さんがこっちを見ていた。
何を祈ったか…
珍しく真面目な顔で問う彼の質問に、少し笑って答える。
「世界平和を」
「ワハハッ!
君は中々嘘つきだな」
どうやら見透かされているらしい。
俺は世界平和なんて、大それた事を祈れる程、出来た人間じゃない。
俺は龍之介さんみたいになれない。
龍さんは、俺に移植のチャンスを譲っても尚、俺を恨まず回復を喜んでくれた。
ここでは『リュウ』と同じ呼び名で呼ばれる俺だが、
生憎(アイニク)龍さんみたいに聖人の様な性根は持ち合わせていないんだ。
俺には…大切な人の幸せしか祈れない……
「リュウ、君は随分と強情っ張りだな」
「………」
「リュウを我が家に迎えて3年も経つと言うのに、
相変わらず君は、頑なで心に柔軟性がないときたもんだ。
そろそろ楽になってもいいんじゃないか?
分かってるんだろ?君も…」
「…分かってます…」
分かっている。
我妻さんが俺を、この家族の中に引き入れた理由を。
それは俺の命の期限に同情したからではない。
きっと、紫と別れを選んだ俺の決意が、悲しかったからだろう。
アナスタシアさんの立場は『俺』。
我妻さんの立場は『紫』。
我妻さん夫婦の様に深い傷を抱えても共に生きようとするのではなく、
別れを選択した俺の決意が悲しいのだろう。
俺を家族の中に住まわせたのは、有りのままの自分達を見せる事で、俺の決意が変わる事を望んでいるから。
紫に全てを打ち明け共に生きる未来を…
彼は俺達の為に、そう願ってくれている。
分かっている。
我妻さんもアナスタシアさんも、イワンさんもタマラさんも、
お人好しで優しいこの家の家族は皆、俺の変化と幸せを願ってくれていると分かっているんだ。
我妻さん夫婦の様に、二人で幸せになる道もあるのだと…教えてくれているんだ。
分かっている。
けど……自信がない。
怖いんだ…彼女の怯える姿を見るのが……
弱いのは紫じゃなく、俺……
それを俺は知っている。


