二人からこの話しを聞いた時、俺の心には迷いが生まれた。
紫を苦しめたくない。
彼女の笑顔を守りたい。
そう思い、何も告げずに離れる道を選んだが…
あの選択は…間違っていたのではないかと…そんな気持ちにもなった。
「アーニャも僕を愛しているよね?」
「はいはい、愛してるわよ」
「嬉しいな〜ワハハッ!
ねぇ、もう一度言って?」
「しつこいのは嫌い。
ミチロウ、愛して欲しかったら喋ってばかりいないで、早くパン切ってよ」
いつもの愛情溢れる面白いやり取りが、開け放したドアを通して、キッチンの方から聴こえてくる。
一人書斎に残された俺は、まだ笑いの中だ。
二人の掛け合いは面白く微笑ましくて…少し羨ましい。
こんな風に二人の姿に一頻り笑った後には、いつも溜息がこぼれる。
「はぁ…」
溜息をつくと、今日はまだ大した作業はしていないと言うのに、何だか疲労した気分になる。
アナスタシアさんの書斎の回転椅子に座り、重厚な木のデスクに両手を乗せた。
正面には待機状態のパソコンの画面。
左側には仕事関係の書類の束とプリンター。
それから、ステープラーやクリップなどの細かな文具類。
机上の雑多な物は、中央より左側に寄せてある。
一方窓からの陽が当たる机上の右側は、すっきりと片付き、置かれている物は二つのみ。
一つは白地に濃いピンクの花柄が描かれた陶製の写真立て。
飾られている写真は、我妻さんとアナスタシアさんの結婚式の写真だった。
中背で肩幅が広く、ラガーマンの様にゴツめな体型の我妻さんに、真っ白な燕尾(エンビ))服は似合っているとは言い難いが、
その隣に立つアナスタシアさんは、美しかった。
彼の腕に手を掛け、純白のベールとウエディングドレス姿で、彼女は微塵の憂いもない笑顔で幸せそうに笑っている。


