潤んでくる瞳を瞬きを繰り返してごまかし、我妻さんがその後からも時々送ってくれる他の画像に切り替えた。
我妻さんとはあれから一度も会ってはいないけれど、今でもメールで繋がっている。
『彩の写真展』の後は暫く連絡を取っていなかったが、
高校を卒業し、富良野に帰って来てから、一年半振りにメールしてみた。
ただ『お元気ですか?』と、それだけを伝えるメールを。
久しぶり過ぎる私の事を彼はちゃんと覚えていてくれて、
『連絡ありがとう』と言う内容の長文メールに、モスクワの写真まで添付して返信してくれた。
それから我妻さんとは一年に数回メールをやり取りさせて貰っている訳だが、流星が居なくなった事は伝えていない。
聞かれたら言おうと思っているけど、不思議と我妻さんは何も聞いてこない。
我妻さんが今まで送ってくれた写真は全部で13枚。
『彩』のファイルに保存してあるそれらを、一枚ずつゆっくりと眺めていく。
我妻さんの写す写真は何度見ても素敵。
ロシアの街角の日常や田園風景を写したそれらの写真は、今日も色彩鮮やかに私に語りかける。
鮮やかと言っても、全てがカラー写真ではない。
13枚の半数は白黒やセピア写真なのに、どの写真もロシアの空気の色や生活の息吹を伝えてくれて…
視覚的な色合いだけではない鮮やかさを感じさせる。
気持ちが写真の中に引き擦り込まれ、大袈裟かもしれないが、私も写真の風景の中に佇んでいる様な錯覚に襲われる。
いつ見ても何度見ても、素晴らしい写真。
残念だけど私の写す写真にそんな力は無く、我妻さんの写真には到底及ばない。
それでも恥ずかしながら、私も時々画像を送っていた。
我妻さんの写真に近づきたくて、アドバイスや批評を求め送っているのだが、彼が言う事はいつも同じ。
『おじさんと同じ写真を君が写す必要はないんだ。
君は君らしい写真を。
既に君の世界観は出来上がっていると思うよ。
大丈夫』


