ラベンダーと星空の約束

 


彼は少年と同じ姿勢で、星空を見上げていた。



無数の星達が瞬く紺碧の夜空に、今宵も星座の物語を描き出す。



白鳥… 琴… ヘルクレス… 冠… 鷲… 蛇使い… 射手……




数々の神話に彩られる夏の夜空、

それらを魔法の様に色付けていく彼の言葉。



全ての星座を描いた彼は、最後に自分の星座、蠍座を語りだす。




『蠍座の中心に赤く光る星、あれは蠍の心臓アンタレス』




その赤星に向けて綺麗な五指をかざすと、

星は求めに応じるかの様に蠍座から飛び出し、彼の元へと降りてきた。



赤い光を放ちながらゆっくりと下降し、彼の前でピタリと止まる。



それから星は傷跡をすり抜け体に入り、彼の心臓として動き始めた。



蠍の心臓アンタレス。

それはガラスの様に透き通り、私は流れる血液の循環を、はっきり目にすることが出来た。



正確なリズムを刻む彼の心音が聴こえる。



ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…



正確な振り子時計の様に、心地好く正しいリズムが体に響く。



しかし永久的に正しく時を刻める振り子時計なんて在りはしない。



正しく響いていたその心音に、急に一拍の不協和音が混ざり…

そしてリズムは簡単に崩れていく。



同時にガラスの心臓の一箇所に、小さなひびが入った。



そのひびは大きな亀裂となり、瞬く間に広がった。



全体に隈なく亀裂が回ると、ガラスの心臓は音を立て砕け散る。



薄いワイングラスを落とした時の様な、甲高く妙に綺麗な音がした。



その音を耳にしながら、私は為す術(スベ)もなく、彼の倒れる姿を見ていているしかなかった。



砕け散るガラスの心臓…


天を仰ぎ見ながらゆっくりと後ろに倒れ…


流星は紫色の海に沈んだ…



砕けた無数のガラス片は彼の血液を纏い、

ぬらぬらと赤い光りを放ち、キラキラと星明かりを浴びて宙に舞う。



そしてそれが…

幾万の刃となり、一斉に私の心に突き刺さってきた。



私の心が悲鳴を上げる。



飛び散る血飛沫は、彼の血かそれとも私の血液なのか。



痛みで意識が飛びそうになる。



心が星もない真っ暗闇に飲まれそうになる。