稲田のばあさんが死んだ時、滅多に泣かねー紫がわんわん泣いた。
俺も…少しだけ泣いた。
俺らが人の死に触れたのは、稲田のばあさんが初めてだった。
『人の死』ってーのがどういう事なのか…
テレビドラマを見てるだけじゃ分からねー事を、あの時ばあさんから教わった。
いくら叱られたって、稲田のばあさんを怖いなんて思った事はねーのに、
もう怒ったりしねぇ死んだばあさんは怖かった。
人形みてーに生気の失ったばあさんは、俺の知らねー別人みたいに見えた。
そんな別人の様なばあさんなのに、その顔を見てたら不思議と今までの思い出が頭ん中にどばっと溢れてきた。
あん時あーすれば良かったとか、もっとあれやってやれば良かったとか…
これからもばあさんの握り飯、食わせて貰いたかったとか……
そんな事を考え、涙が流れた。
それから月日が経ち悲しみは薄れて行く。
稲田のばあさんの話しが出ると楽しかった気持ちは思い出すけど、悲しかった気持ちは表に出てこねぇ。
俺はそんな感じだけど、紫は違った。
泣きはしねーけど、ばあさんの話しが出る度、あいつは決まって眉をハの字にするんだ。
そんな紫が今、稲田のばあさんの話題でヘラヘラバカみたいな笑顔を見せながら、
『人が死ぬのって淋しくて辛いよね…』
と口にする。
マジでどうかしてんな……
紫を泣かせる為に来たのに、こいつの気持ち悪い笑顔を見てると、段々泣かせる自信が無くなって行く。
こんなにアホになっちまったら、流星の命の期限を聞かされてさえ、泣かずに笑ってんじゃねーかと…
そんな不気味な事を思っちまう。
いや…それはねーよな……
それだけは有り得ねーよな……
泣かねーと困るんだよ。
ここに来た目的は、紫を泣かせ、正気に戻すこと。
泣かせる為に、あいつが言えなかった言葉を…
これから俺が紫に言おうと思う。
俺が泣かせてやるよ…
泣かせて正気に戻してやる。
けど…こんな重てー話しをすんのは、やっぱ気が滅入るよな……
頭ん中の稲田のばあさんの死に顔に、流星の面が重なり、重苦しい嫌な気分になる。
紫に気付かれねー様に片手で顔を覆い、カウンターテーブルの上に深い溜息を吐き出した。


