瑞希君は両手に2人分の荷物を持ち、
8cmヒールのブーツをカツカツと鳴らして、玄関までの踏み石の上を歩いて行く。
その後ろをヒールのないぺったんこブーツを履く私が、踏み石の間の小石をじゃりじゃり踏み付け、付いて行った。
古い木製の玄関ドアに鍵を差し込み、ドアを開ける。
いつもと変わらない玄関ドア。
しかし、「ギィッ」と軋むいつもの音がしなかった。
やけに滑らかに、音も無く開いた扉に違和感を覚える。
蝶番(チョウツガイ)を注視すると、錆が落とされ、油を注して拭き取った様な跡があった。
不便は無いからと、
亀さん達が居た頃から、誰もやろうとしなかったドアの整備を…
柏寮の終わり間近になって一体誰が……
その答えは玄関に一歩足を踏み入れ、周囲を見回すとすぐに分かった。
綺麗に片付けられた玄関。
大きな靴棚には一足の靴も無く、傘立ても同様に空っぽだった。
掃除もしてあり、綺麗に掃き清められた敲(タタ)きと…
上がり口の古い床板はピカピカに磨かれ、
玄関ドアから入り込んだ陽が、その木目を艶やかに輝かせていた。
片付けと、今までの感謝を込めたかの様な丁寧な掃除と整備……
それをやったのは……
玄関の状況を目にして…
それを一人で行っている流星の姿を想像して…
やっとあの手紙の文面が、私の中に浸透し始める。
『身勝手な事情により東京を離れる事に…』
『二人の荷物は……に移してある…』
『後は二人の持っている鍵を……返却すれば終わりだ…』
『側に居られないのなら…』
まさか…そんな……
やっと焦り始めた私は、勢いよくブーツを脱ぎ捨てた。
艶々に磨かれた玄関の上がり口に足を踏み出そうとして…
麻痺足を段差に引っ掛け、転びそうになる。
後ろにいた瑞希君が荷物を投げ捨て、私の腕を捕らえてくれたから、転ぶには至らなかった。
「紫ちゃん…今更慌てても現状は何も変わらないよ。落ち着いて」


