「…何これ…何の冗談…?」
「冗談に出来ればいいんだけどね…
君は自分の目で確認しないと納得しないと思うから、新居じゃなく柏寮に向かってる。
見たいでしょ?柏寮の中を」
「………」
柏寮に向かい…
これから私は、この手紙に書かれている内容を、確認する事になるんだろうか……
瑞希君に返事はできず、ただ手紙を繰り返し読み続けていた。
『身勝手な事情により東京を離れる事に……』
『ただ俺が居なくなったという事実だけを……』
震える手の中で流星の残した文字達が、呪いの言葉の様に胸を引き裂こうとする。
けれどまだ…大丈夫。
胸は引き裂かれていないし、血の一滴も流れていない。
だって…信じられないから。
流星が居なくなった?
嘘だよそんなの……
何かの間違いだよ……
その手紙を何度読み返しただろうか…
10回…いや15回…?
暗唱出来る程に読んだのに、それを否定したがる気持ちが強過ぎて、
内容が上手く頭に浸透して行かない。
「…ちゃん…紫ちゃん!
もう着いてるよ、下りて」
その声で手紙から顔を上げると、会計はとっくに済んでいた。
先にタクシーから下りた瑞希君が、開けられたドアから私を呼んでいた。
私が下りるとすぐ走り去るタクシー。
遠ざかるエンジン音の代わりに、閑静な住宅街には部活動に励む生徒達の声が響いていた。
私の後ろには、車線のない狭い道路を挟んで高校のグランドがある。
後数日を残している冬休み中の今も、寒空の下で活発に練習に励む生徒達が、いつもと同じ様にそこに居た。
そして私の目の前にも、何ら変わらぬ姿の柏寮がそこにある。
ほら…日常は変わらない。
柏寮も同じ…何も変わってない……
冬の弱い陽光に照らされ、傷んだ外壁を晒しながらも、堂々と鎮座するいつもと変わらぬ柏寮。
その変化の無さが、益々手紙の内容を否定する方向へと、私の気持ちを向けてしまう。


