『居なくなった』と言う単純明快な言葉が理解不能な私だけど、
その言葉の響きに、何故か恐ろしさだけは感じていた。
暖かい車内の空気が一気に冷え込んだ気がしたのは、
鳥肌と背中を流れる冷汗のせいなのか……
瑞希君は暫く観察するかの様な視線を私に向けていたが、
一つ溜息をつくと「読んで」と、三つ折りにされた便箋一枚を差し出した。
簡素な白い便箋一枚を開くのに、指が震えて時間が掛かってしまう。
冷たい手の中でカサカサと音を立てる薄い便箋には、
見慣れた流星の美しい文字が、不吉な予感を湛えて羅列されていた。
『 瑞希へ
俺の身勝手な事情により、東京を離れる事にした。
事情を説明しろと怒ると思うが、ゴメン何も説明出来ない。
ただ、俺が居なくなったという事実だけを受け止めて欲しい。
瑞希に頼みがある。
気掛かりなのは紫の事…
彼女が卒業するまでの1年と2ヶ月間、側で支えてあげて欲しい。
卒業して大樹が彼女を富良野に連れ帰るまで、どうか一緒に…彼女を一人にしないでくれ…
2人の荷物は柏寮から〇〇マンションに移してある。
前に3人で相談した場所だから分かると思うけど、部屋の鍵と一緒に一応地図も同封しておく。
来年の3月までの家賃と共益費は払い済みだから、お金の心配は要らない。
それと少額だけど現金を置いていく。
新生活に足りない備品を購入する際に、それを使って欲しい。
柏寮の退出手続きも済ませてある。
後は2人の持っている鍵を、事務の舘川さんに返却すれば終わりだ。
終わり…か…
柏寮は何物にも替え難い大切な居場所なのに、その別れは…随分と呆気ないよな……
もうすぐ柏寮が取り壊され、思い出だけを残して何もかも消えてしまう。
側に居られないのなら、彼女の中の俺の存在も、柏寮と共に消えてしまえばいいのにと思う……
感傷的になってしまったな…ごめん話しを戻す。
瑞希への頼みはもう一つ。
11日の14:25羽田着の便で紫が帰って来るから、空港まで迎えに行って欲しい。
瑞希には、いつも厄介事に巻き込んで心から申し訳ないと思っている。
ごめんな…これで最後にするから、もう迷惑を掛ける事は無いから、どうかこの手紙に書いた事を頼まれて欲しい。
瑞希を信じてるから。
流星 』


