一年前は、一人でトイレもシャワーも、歩く事さえ出来なかったのに、
今普通に高校生活を送り、家事を熟(コナ)せるようになった。
それは、私を支え毎日のリハビリに笑顔で付き合ってくれた、流星のお陰かも。
車窓に目を向け、流星を想う。
タクシーはオフィス街を通り過ぎ、見慣れた住宅街に入って行く。
街行く人々の姿は、コートの衿を立てたスーツ姿の会社員から、
子供の手を引いて歩く普段着の主婦や、買物袋を下げたお年寄り達に、様変わりしていた。
景色も変わり時間も経ち、それなのに瑞希君は相変わらず手元を睨み続け、
何も話さないまま、後少しで柏寮に着いてしまいそうだった。
タクシーに乗り込んでから約1時間半。
気になるのは瑞希君の様子だけでなくこれも…
タクシーのメーターはカチカチと上がり続け、私にとっては冷汗の流れる金額を示していた。
このタクシー代って…割り勘だろうか?
タクシーに乗ると言ったのは瑞希君だけど、
迎えに来てくれた彼に出させるのは気が引けるし……
私の考えは瑞希君にだだ漏れだった様で、タクシー代の事を口火に、やっと彼が話し始めた。
「タクシー代は、大ちゃんが置いて行ったお金で払うから心配しないで」
「流星のお金?
ん?置いて行ったって…流星どこかに出掛けたの?」
「…僕が10時に柏寮に帰った時には居なかった…居なくなったんだ。
手紙とお金を玄関に置いてね」
瑞希君は視線を自分の手元から私に移し、真顔で真っすぐ私の目を見据える。
それからもう一度、ハッキリゆっくりと私の脳裏に刻み込む様に
「居なくなった」と口にした。
居なくなった…?
言葉の意味は勿論分かるのに、流星が居なくなるという状況が上手く飲み込めない。
居なくなる…つまりそれは……柏寮から出て……
あれ……どこに行ったの?
考えようとしても、何かが思考の邪魔をする。
形を掴めずにいる『居なくなった』という言葉は、
ただ頭の中にぷかぷか浮かぶだけで、どこにも行き着く事はない。
瑞希君に何か言葉を返そうと思うけど、アホみたいにぽかんと開いた私の口からは、一音の言葉も出て来なかった。


