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[side 流星]
フラノに来てもうすぐ一月、東京に戻る日が近付いていた。
大樹に無理やり弓道指導させている俺の上半身は、連日筋肉痛で、
あちこちの筋肉組織が悲鳴を上げている。
紫の前では平静を装い、笑顔で手を振る彼女に見送られ、今日も自転車のペダルを踏んだ。
8月末のフラノ。
秋の気配を帯び始めた牧歌的な風景の中、
眩しい夕陽を右半身に浴び、自転車を走らせる。
昨日、初めて本物の竹弓に矢を番(ツガ)えて練習した。
もっと簡単に出来ると思っていたが、和弓は奥が深く難しい。
けど、楽しさも感じていた。
巻藁にバスッと小気味よい音を立て矢が刺さると、何とも言えぬ澄んだ悦びと静かな高揚を感じる。
星座の神話が好きな俺は自分が蠍座だからと言う理由で、
蠍の心臓を狙う天敵の射手座に、勝手な苦手意識を持っていた。
射手座を象徴する、アーチェリーや和弓にも、良いイメージを抱けなかった。
そんな事を思うのは、馬鹿らしいと分かっている。
それでも心臓病に苦しんだ子供の頃、“怖い”と感じたイメージは中々払拭できず、
漠然とした負の感情を抱えたまま、成長してしまった。
しかし皮肉にも、観戦して面白いと感じるサッカーやバスケより、弓道の方が性に合っているらしい。
何事も食わず嫌いは良くないよな。
今回は、大樹に弓を握らせる事が目的だけど、
俺にとってもいい経験になり、事の成り行きに感謝している。
初めて矢を放つ練習をした昨日、初めは巻藁に掠(カス)りもしなかったが、
夕陽が暴風林の向こうに沈む頃には、6割の確率で的中させられる様になっていた。
そして今日の練習の終わりには7割の的中率に手が届き、
大樹に本日何度目かの
「ムカつく…」との褒め言葉を貰った。
このくらい上達したなら、勝負を挑んでもいいだろう。
いや、明後日は東京に帰るから、実力が不十分でも明日勝負するしかない。
無数の星が瞬く夜空の下、
大切そうに竹弓をしまう大樹に“勝負”の二文字を告げた。


