その後は仕事をしていても上の空で、動揺が隠し切れず、流星に気付かれてしまった。
大樹が弓道を辞めてしまった事を話すと、流星は渋い顔をする。
「何とかしないとな…」
と呟いた。
交替で入る休憩時間、
調理場の奥の狭い休憩室で、お握り片手に大樹の事を考えていた。
弓を構え静かに的を見つめる私の好きな大樹の姿と、
柏寮の階段で、鬼の形相で弓を引いていたあの時の姿が、交互に頭に浮かぶ。
母が作ってくれたお握りを一口だけ食べ、テーブル上に置いた。
畳みに足を伸ばし壁に背をもたれ、短い溜息を吐き出した時、ノックの音がして流星が入って来た。
今日の流星は、私の前に昼休憩を済ませている。
それなのに、お茶のペットボトルを持って休憩室に入ってきた。
私の隣に胡座(アグラ)をかいて座り、テーブル上の食べかけのお握りに目を止めた。
それを手に取り、私の手の中に戻す。
「お握り食べちゃって。
食べ終えたら大樹の家に行こう」
「え? でも仕事が…」
「おばさんに許可貰ってきたから大丈夫。
客も少ないし、俺と紫は上がってもいいって」
「そう…でも大樹に会いに行っても、何を言えばいいのか……
流星、やっぱりこれのせいで、大樹は弓を引けなくなったんだよね…?」
Tシャツの右袖を肩上まで捲り上げた。
20針縫った傷痕は、白い肌の上にいびつな茶色の線を遺し、遠目にも分かるくらいだ。
でもTシャツの袖の長さで隠れるから、夏場でもそれ程気にしない。
私は「傷痕残っちゃったな…」くらいの気持ちなのに、
大樹は…まだ……
流星が綺麗な指を伸ばして傷痕をゆっくりとなぞる。
夏なのに、その指先は冷たかった。
眉がハの字に下がっている私とは違い、落ち着いたいつもの優しい笑みを向ける流星だけど、
本当は流星も動揺しているのだと…冷たい指先が教えてくれる。
「大樹は…怖いんだろうな。
弓を握れば、紫を傷付けた時の気持ちが蘇る…
そんな所じゃないかな……」


