だけれどそんなことはなかった。東京の街は僕が思っていたよりもずっと良識的で、親切で、温かかった。

彼女の一人語りは続く。


「幼い頃もこうして、勝手にビルの屋上に上がって遊んでたわ。あの頃はまだ、太陽が出てる間しか外に出られなかったけど」

ふんわりとした夜風を受けて、彼女は舞い上がった髪を耳に掛けた。


「だから、夜の東京がこんなにキレイだなんて」

──知らなかった。


そう言って、彼女は切なそうに微笑んだ。

大人になるってなんだ。僕は思った。幼い頃見てた「今」と、今はまるで違う。昼と夜みたいだ。世界は変わらない筈なのに、見えているものが全然違う。それはどちらが良いでも悪いでもなく、「変化」以外の何物でもない。でも、

でも。

もう少し子供で居させてくれよなんて、十九の僕は思うんだ。思ってしまったんだ。彼女の、悲しそうな横顔を見ながら。


「私、あの頃が一番好きなの」

幾分か声を張って、彼女は言った。


「友達みんな引き連れて、走り回って遊んだわ。路地裏、団地、ビルの屋上」

後に彼女は語っていた。引っ越した先の学校で、東京から来た余所者として虐められていた時期があったと。東京出身だからって調子乗んなよですって。子供って馬鹿よね。そう言って笑っていた。


「だからね、私はこのネオンの向こうに、もう二度と戻れないあの頃──、一番太陽が照っていて、とても愛おしかったあの頃を」

ぱちりと一度瞬きをして、彼女は再び口を開く。


「見てるの」

夜風がするりと抜けて行く。彼女の横顔は夜の東京に照らされて、淡く、妖しく、美しかった。

その時の彼女の表情をなんと表現したら良いのだろう。嬉しそうで、しかしそれ以上に哀しそうで、もうこの世に存在しない誰かの影を追うような、そんな憂いを帯びた瞳。僕はシャッターを切ることもすっかり忘れてそんな彼女に見入っていた。




息を呑むほど、きれいだった。