まるでピリピリと張り詰める眼差しに、僕はいつも声を掛けることを躊躇う。ピンと張った糸を辿るように、彼女の瞳は危うげでまっすぐなのだ。
普段なら僕はひたすらに待つ。満足するまで夜の街を眺めた彼女が自分から動くのを。そして「行こうか」と囁き、夜の終わりを告げるのを。
だけれど、僕は唐突に、この静寂を破ってみたくなった。今だけは、ファインダー越しの彼女に本気で恋をしている。彼女が見る先、それがもし他の男だとしたら。僕は心の中で舌打ちをした。しかし更に心の奥で、冷静で正気を保つ僕がぽつりと呟く。
『それいいな。"恋する彼女"か。是非撮りたい』
うるさいうるさい。今は僕が彼女に恋をしてるんだ。口出すな。
煩わしい心の声に反応するように、僕は自然に彼女に声を掛けていた。
「ねえ」
彼女は、動かない。僕の声が聞こえないわけではないだろう。ほんの少しだけ、睫毛が揺れた。
「ねえ、何考えてるの」
暖かくも冷たくもない、温度のない夜風がさらりと吹いて抜ける。
「何考えてるの、教えて」
そんなつもりはなかったのだが、僕の言葉は強めの口調で発せられていた。
今度は確実に彼女が反応を示した。ゆっくりと瞬きをしたのだ。しかし反応はそれまでで、返事をする気は彼女にないように感じた。


